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代表者メッセージ

起業応援行政書士 上山 雅子(かみやま まさこ)
株式会社 office tomo 取締役COO
公認マインドマッププラクティショナー

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伊豆大島で生まれ、3歳まで海を見て過ごした想い出は今でも忘れることはありません。

国語の教師だった父親の影響か、子供の頃から学校の先生になると決めていました。

スポーツが苦手だったため、子供の頃の趣味はピアノ、読書、イラストと、インドアな反面、

自転車で坂を上ったり下りたりして、単純な遊びを日が暮れるまで繰り返すという一面もありました。

埼玉の女子高を卒業後、国語の教員免許を取るため文学部国文学科に入学。

大学では授業に真面目に出席する一方で、音楽サークルに所属して、昼休みに学生たちの前で歌うイベントにも参加するなど、

静と動の両面を持っていたため、友だちからは不思議な顔をされることも多かったです。

そんな、法律とは無縁だった私がなぜ行政書士になり、また、起業支援の会社の設立メンバーとなったのか、振り返ってみました。

 

 

blue_line01 どうして学校の先生にならなかったのか

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大学4年生の春、地元の中学校での教育実習は、とても楽しいものでした。

中学生たちは興味津々で接してくれましたし、いつも周りに集まってくれました。

国語の授業に興味を持ってもらおうと、アイドルの歌を使った漢字テストを実施したり、楽しく工夫しながら過ごした2週間でした。

ところが、どうしても私には受け入れられないことがあったのです。

 

ある日、担当しているクラスの生徒が、宿題をやって来ませんでした。

すると周りの生徒が、「せーいーざ!せーいーざ!」と、騒ぎ出したのです。

え?何なの??と、戸惑っていると、宿題をやって来なかったら、椅子の上に正座するというルールがあることを周りの生徒が教えてくれました。

時代はだいぶ昔になりますが、私は体罰のようなものが嫌いで、しかも椅子の上に正座することが何につながるのか理解出来ませんでした。

私はその生徒に、「次は必ずやって来てね!」と言って、授業を進行しました。

すると、その授業後、教育実習の担当の先生に結構きつめに注意されました。

宿題を忘れた生徒には罰を与えなければいけない!!と。

その後も「罰」という言葉が私を悩ませ、しかも「罰」を与えられる生徒が限定されているように感じ、いじめの前兆を感じました。

これを学校と言うのだったら、私は学校を職場にしたくないなと思いました。

小さな頃から、何の疑いもなく「学校の先生になろう!」と思っていたのに、たった2週間の出来事で夢は打ち砕かれました。

今思うと、それに立ち向かっていくだけの覚悟がなかったのだと分かります。

夢を実現したいなら、相当の覚悟をもっと臨まないとダメですね。

 

教育実習が終わってから、その生徒は何度か私の家を訪ねてくれたのですが、私が家にいないことも多く、次第に会えなくなりました。

今でも時々思い出しますが、私は学生の頃から「個性」を認めない社会が好きじゃなかったんだと思います。

人とちょっと違う人間をみんなではじくことがまとまりのある世の中だなんて、誰かの都合に合わせられているだけだと思いませんか?

 

 

blue_line01 雨の日に2歳の娘を抱いて保育園にお願いに行った想い出

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大学を卒業後は、都内の住宅メーカーで営業事務の仕事をしていましたが、出産を機に退職しました。

子供が小さい内は、一緒に居てあげたいという気持ちが強かったためです。

ところが、仕事をしないわけにもいかなくなり、仕事探しと保育園探しを並行して進めることになりました。

 

保育園は、自治体の担当部署に行き、書類を揃え、申込みに行くのですが、仕事が決まっていない上に配偶者がいる場合は後回しにされ、

仕事を探す場合、まず面接に行くために預ける場所を探さなければならず、面接では保育園が決まっていない人はちょっと、、、と、断られます。

「これではいつまでたっても仕事なんて見つからない!」

そう思った私は、ある雨の日、家からちょっと離れた小さな保育園に、娘を抱き、傘をさして歩いて行きました。

保育園に着いた頃には、2人共雨に濡れ、おそらく可哀想な雰囲気になっていたんだと思います。

「どうしてもこの保育園に入れたいんです!」という私の直談判に、園長先生は笑顔で受け入れてくれました。

今考えると、ルール違反だと思いますし、どうしてそんなことを思いついたのか、想像がつきません。

でも、じっと待っていても何も変わらない!という精神は、その頃から変わっていないような気もします。

 

一度退職した女性が職場復帰するのは、とても困難です。

保育園もなかなか空きがありません。

優先順位としても、正社員、母子家庭、非正規社員、求職者となります。

少子化が深刻な今尚、保育園の問題は解決していないのです。

女性の新しい働き方の提案や、地域やコミュニティーによって解決される仕組みを考えられないか。

これは私の大きな課題です。

 

 

blue_line01 転機となったのは、40歳目前のこと

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36歳でハローワークへ行った時、私は事務職の正社員を探していました。

「あなたもう35歳を過ぎているんだから、事務職は諦めて、軽作業も含めて考えなさい」

担当の女性に厳しい言葉を言われ、それでも私は諦めませんでした。

司法書士事務所の補助者として3年間仕事をして、その後は大企業の情報システム部に3年勤め、PCもマスターしていました。

場に馴染むのも早く、与えられた仕事を速く正確にこなすことには自信がありました。

 

見つかったのは、派遣スタッフのコーディネーターの仕事でした。

最初は契約社員で入りましたが、半年後には正社員に登用され、数年後には、事業部の主な仕事を任されるようになりました。

転機が訪れたのは、40歳を目前にしたある日のことでした。

社員評価制度が導入され、役職に上がる条件としてTOEICスコアが設定されました。

最初の役職である主任の条件が、TOEIC450点だったのですが、その時のは私のスコアは480点でした。

そこは財閥の名前が付くような大きな企業だったのですが、男女差別がひどく、女性は役職に就けないとハッキリ言われていました。

そんな中、評価制度やTOEICスコアが取り入れられ、もしかしたら変わるかもしれない!と、私だけが喜んでいました。

 

更に追い打ちをかけるように、会社が数年かけて100%外資になることが発表されました。

周りはみんなのんびりしていましたが、私は「絶対に今のままではいられなくなる!」と考えました。

まず、英語の勉強を開始し、480点しかなかったスコアを3年かけて820点まで上げました。

これが良かったのか、外国人役員との会食や会議に出る機会もいただけるようになりました。

 

一方で、外資化された企業がどうなるかということも勉強しました。

そして、アウトソーシングが行われ、事業の縮小、リストラが待ち受けていることを予想。

会社の状態は、まさにその通りになりました。

私がいたサービス関連の事業所では、派遣事業以外のものがすべてアウトソーシングされることになり、

私以外の社員200名すべてがリストラされる事態となりました。

残ったのは、役員と管理職、出向者が1名だけでした。

 

大きなリストラの後、私は独立も視野に入れて考えようと、行政書士試験の勉強を始めました。

自分自身が独立することで、その経験を活かし、これから起業する人たちのお手伝いがしたいと思いました。

1年間勉強して試験に合格し、これからの方向を迷っていた時、派遣事業が別の外資の会社に吸収されることを知らされました。

それに伴い、管理職に昇格するというお話しもいただきました。

今までやって来たことがすべて認められたわけですが、私はそこで退職し、独立することを選びました。

会社の代表である外国人役員が残念がっていたという話も聞き、悔いはないと確信しました。

 

 

blue_line01 派遣スタッフたちにおしえてもらったこと
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派遣スタッフのコーディネーターという仕事をしている間、私は色々なことを学びました。

中でも一番強く感じたことは、「女性の経済的自立」の必要性です。

私も出産を機に退職してから仕事に復帰するのは大変でしたが、

それは多くの女性が同じように体験していることだと知りました。

また、離婚してお子さんを育てるのは、圧倒的に女性が多いのです。

養育費をもらっている人は少ないとは聞いていましたが、バツイチのスタッフの話を聞くと、大変さがよく分かりました。

 

私自身も離婚して子供を育てながら仕事をしていましたので、人ごとではありません。

不安定な有期契約よりも社員を探した方がいいかもしれないし、そのためには資格取得もお勧めだよと、

何度話をしたか分かりません。

今の時代、ご主人のリストラや精神的な病気などで、奥さんが大黒柱にならなくてはいけない状況もたくさんあります。

たくさんあるのに、まだ堂々と「私が養っているの!」と、奥さんが言える状況にはなっていません。

もっともっと女性が経済的に自立すれば、男性の精神的負担も減ると思います。
自殺や鬱病も減るでしょう。

働きたい女性が堂々と「夫を養ってるの!」と言える時代になれば、日本経済もきっと良くなると思うのです。

 

また、生活のために、子供のためにという理由で、仕方なく離婚できない女性もいますが、

経済的自立を手に入れれば、生活のために我慢して夫と暮らさなくても済むのです。

何よりも、選択肢が増えることが、経済的自立がもたらす良い点ではないでしょうか。

blue_line01 これからの時代の変化に備えて
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サラリーマンと独立は、まったく違います。

当時と同じ給料を1人で稼ぐのは本当に大変なことだと思います。

給料は自分の価値ではなく、会社自体の価値だからです。

その会社の価値を存続させる歯車としての自分への報酬が給料なのです。

起業したら、自分でお金を作らなければいけません。

何をどうしたらお金になるか、これを楽しめないと、起業は苦しいかもしれません。

 

だけど今後、会社の形も変わるかもしれません。

座っているだけでお給料がもらえるなんて、夢のまた夢になるかもしれません。

女性だからって、専業主婦になることも難しい世の中だと思います。

歯車ではなく、自分でお金を作り出したいという人が増えれば、変化を楽しめる面白い世の中になりそうですよね!

女性も経済的に自立することで幸せになりましょう!

 

お金を作り出すとはどういうことなのか、私が先に実験して行きます。

「知らなかったために損をした!」ということにならないように、

起業に必要な、そして生きるために必要な情報発信を続けて行くことが、私の使命です。

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